私は、仏教(テーラワーダ)に強く影響を受け、毎日、瞑想に勤しんでいて、

仏教や瞑想から学んだことを、カウンセリングにも大きく生かしています。

ただ、一般の方には、仏教・瞑想は馴染みがないかと思い、ホームページやカウンセリングでは、ほとんど触れていません。

ですが、私の人生・生き方・カウンセリング、全てにおいて、仏教・瞑想は大切なベースとなっています。

ですので、このページでは、私と仏教・瞑想との関わりや、
プロフィールには書ききれなかったことを、ご紹介したいと思います

長くなりますので、ご興味ある方のみ、お読みくださいね。

 

 

 

お寺やお坊さんに興味があった、小中学生時代

テーラワーダ仏教に出会ったのは30代ですが、子供の頃から仏教にはかなり関心がありました。

生まれ育った環境は家に仏壇があるくらいで、ほぼ無宗教と言って良い環境でしたが、なぜか、お寺・お坊さん・修行、どれも私の心を惹き付けました。

中学生の修学旅行は、定番の京都奈良。

とても嬉しかったですね。

様々なお寺でお坊さんの説法を聞いたり、修行の雰囲気を感じたりして、
自分も出家して修行したい、と思いました。

 

 

一転、キリスト教を心の拠り所に

子供の頃は仏教に関心があったものの、高校生になった途端にキリスト教に鞍替えします。

きっかけは高校入学と同時に、母方の祖母が亡くなったことでした。

クリスチャンだった祖母のお葬式は、キリスト教。
担当された神父様が人格者だったこと、お葬式自体がとても温かく素晴らしいものだったことから、 一気にキリスト教にのめり込みます

同じ時期にマザーテレサを知ったことも転機になりました

マザーテレサのように自分を投げ出して人を救う人間になりたいと、マザーテレサが私の生きる目標に。

三浦綾子さん、 遠藤周作さんなど、日本のキリスト教作家の本にも、大きく影響を受けました。

高校時代は、教会通いをしたり、発展途上国への支援ボランティアの活動をしたりしていましたね。

 

 

聖書・教えが理解できない!

マザーテレサの生き方を尊敬しているのに、私は聖書・教えが理解できませんでした。
全く共感できないのです。

マザーテレサになりたいのに、キリスト教が理解できない自分。

自分の信仰心が足りないのか何なのか、かなり悩むようになります。

 

慈悲に欠ける自分が嫌になる

一方で、マザーテレサのような慈悲の心が持てない自分が、嫌になっていきました。

エゴの塊で、自分を差し出してまで他人を助けることができない、慈悲心に欠けていた私。

マザーテレサとのギャップ、理想と現実のギャップが受け入れがたくなっていきました。

だんだんと、エゴの塊である自分を見るのが嫌になり、また教えが理解できなかったことから、キリスト教から遠ざかるようになっていきました。

 

 

 

人生とは何かを、ひたすら考えた20代

私はプロフィールで今までの苦しみを書いていますが、20代は自殺願望にも支配され、とにかく辛い日々でした。

人生とは何か、人生の目的とは何か

哲学者のように、こんなことばかりを考えていました。

マザーテレサのようになりたいけれど、キリスト教が真理とは思えない。

では、真理とは何なのか

どのように生きたら良いのかわからず、暗闇にいるようでした。

 

カウンセリングを受け始める

30代になって、カウンセリングを受けるようになり、大きな驚きに出会います。

普段私が意識している想いはごく一部で、 心の奥底では全然違う想いがあることを知ったのです。

カウンセリング・心理療法・心理学

これが私を救うものだと思え、心の探求に励みました。

そして、勉強会などに参加したことで、私と同じように苦しむ人が多いことも知り、

苦しむ人の役に立ちたいと、カウンセラーを目指すようになります。

 

仏教との出会い

そんな時、カウンセラーさんからテーラワーダ仏教を紹介されます

瞑想で心が軽くなるよ。
仏教の教えって良いよ。

そんな感じでした。

日本でテーラワーダ仏教といえば、日本テーラワーダ仏教教会のスマナサーラ長老が最も有名です。

長老の本を読み、講演会に行き、瞑想会に行くようになりました。

 

苦しむ原因は、自分の心、智慧の無さ

仏教を知るようになって、今までの人生で自分が求めた真理が、仏教にあると確信しました。

苦しいのは、全て自分の心、智慧の無さが原因

明瞭な教えは、ストンと私の心に落ちました。

それまで良いと思っていた、キリスト教、カウンセリング、心理学とは次元が違う納得感でした。

その確信は、10年以上経った今も変わっていません。

 

 

瞑想ができない!

仏教の教えの大きな核となるのは、

瞑想によって心を安定させ智慧を育てることです。

ところが、その瞑想がなかなかできない。

強い体調不良があったので、瞑想するだけの集中力を保つことが困難だったのです。

リトリート(瞑想合宿)に参加した入り、様々な瞑想指導者・お坊さんに教えを乞いましたが、上手くいかない。
結果的に心も成長しないままでした。

 

 

体調が悪くても、心は成長できそうだ

そんな時、タイ人のカンポン・トーンブンヌムさんの本に出会います。

若い頃に事故で全身不随になり16年苦しんだ末、 瞑想の実践により苦しみから解放された方です

全く身動きができない人でも、瞑想によって苦しみから解放される。

励みとなりました。
今でも体調不良に心が揺れそうになるとカンポンさんの本を読んで 心を鍛える努力をしています。

 

 

仏教は明るい

カンポンさんの本をきっかけに、タイで出家された日本人僧、プラユキ・ナラテボーさんに出会います。
本を読み、実際にお会いして驚いたのは、その開放性・明るさです。

私が、戒律・修行といったものに興味が強いせいか、それまでの仏教のイメージはもっと厳格なものでした。

ところがプラユキさんは至って庶民的。

堅苦しいところが一切なく、力が抜けていて明るいのです。

苦しみ悩んでいた私にとって、プラユキさんの明るさは、希望となるものでした。

プラユキさんと話すだけで、心が軽くなるのです。

また、プラユキさんが教えて下さる瞑想法も、それまで知っていたものより、ラフなものでした。

なかなか瞑想ができない私も、 この瞑想なら続けられそうと感じました。

 

 

タイでの瞑想リトリート

プラユキさんが副住職を務めるタイのスカトー寺では、一定期間、日本人の瞑想修行を受け入れています。

リトリートというものですね。
私もタイへリトリートに行きました。

数日間の瞑想修行で大きな意識変容がありました。

私の場合はまず、様々なことに対して、感謝が溢れ出て止まらなくなりました。

一例ですが食事をしていても、

  • 食材に対して
  • 料理を作ってくださった方に対して
  • 自分がご飯を食べられることに対して

ありがたくてありがたくて、涙が止まらなくなったのです。

 

それから、根拠のない安心感を得られました。
自然と、「ああ、これでいいんだ」と思え、心が落ち着きました。

この2つは、とても大きな変化でした。

 

 

 

リトリート後、元に戻る

スカトー寺を離れる時、プラユキさんから、

心は波があるから、落ちる時もある。そんな時、落ちたことを気にしないように

とアドバイスを受けました。

でも私は、それをきちんと理解していませんでした。

タイから戻って2~3週間はとても調子が良かったです。
感謝に溢れ、慈悲の気持ちに満たされ、幸福感がありました。

ところが 3週間もしたら、心は乱れ始めました。
周囲の人や、自分や、体調の悪さに怒りを覚え、イライラするようになっていきました。

それまで、良い状態が続いていた為に、好ましくない精神状態が受け入れがたく、イライラは更に募ります。

1ヶ月もしたら、すっかり元の自分に戻りました。
そして心が乱れたことで、瞑想も続かなくなりました。

 

 

体調不良を受け入れる

タイから帰国後、心だけでなく、体調もどんどん悪くなっていきました。
とうとう起き上がることもままならず、会社も休職して半寝たきり状態に。

苦しくて苦しくて、死ぬことばかり考えました。
さすがに瞑想を続ける気力はありませんでしたので、別の方法で、何とか現状を受け入れる努力をしました。

  • 私の身に起こる全てのことは必然だ
  • 耐えられないことは起きない

この2つを、寝ながらひたすら紙に書き続けました
数ヶ月繰り返した結果、ようやく体調不良を受け入れられ、心は楽になりました。

心が楽になってみると、体調不良は私の心の成長に不可欠だったことに気がつきます。

それまでこんな苦しい人生をは嫌だと思っていたけれど、
この苦しみがあったからこそ今の自分があり 、成長できた
と思えるようになりました。

苦しく嫌だった過去は、大切なものになりました。
現状を受け入れただけでなく、過去も変わったのです。

 

 

カウンセラーとして活動開始

心が軽くなった私は、カウンセラーとして活動を始めます
様々なクライアントさんとの交流は、また私の心を成長させてくれました。

そしてカウンセリングでは心理療法だけでなく、仏教の教えがとても役に立つことに気が付きました。

体調不良で一時離れていた瞑想も再開しました。
集中力がなくずっと瞑想ができなかった私ですが、 心が軽くなってみるとそこそこ、瞑想が簡単になっていました。

クライアントさんとのやり取りで心を鍛え、瞑想で心を鍛え。
とても理想的な日々を送るようになっていました。

 

仏教を根本に皆様のサポートへ

これからも、瞑想で心の成長を図りつつ、カウンセリングでは仏教・瞑想で学んだことを還元し、皆様をサポートしていきたいと思っています。

最近は、カウンセリングでも仏教や瞑想、カンポンさん、プラユキさんをご紹介する機会も増え、関心を持って頂けるようになりました。

皆さんが心の苦しみから解放されると共に、私を通して、仏教や瞑想に多少なりとも興味を持ち、人生により深い味わいを持って頂けたら、とても嬉しく思います。