苦しみ・生きづらさの正体とは?
多くの方は、「苦しみの本質・苦しみとは何か」が分かっていません。
苦しみ・生きづらさとは、一言で表せば
「自分の思い通りに、物事がいかないこと」
です。
私達は、たくさんの願いを持って生きています。
- 人に認められたい、愛されたい
- 人間関係が上手くいきたい
- 色々なことに熱中できる自分でありたい
- 人に優しい自分でありたい
- 不安や心配事なく生活したい
- 生き生きとした気持ちを、いつも持っていたい
- 病気や体調不良は体験したくない
- いつまでも若々しくいたい etc
こういった願いが叶わない時、私達は
苦しみ・生きづらさ・ストレス
と呼ばれるものを感じるのです。
つまり、
自分の「願い・期待・欲求・理想」と、
現実が合っていない状態
ですね。
苦しみや生きづらさを感じた時、
私達は、「現実」の方を変えようと必死になります。
そうすると、ますます現実との摩擦が起こって、苦しみは大きくなります。
なぜなら、現実をコントロールすることは、できないからです。
「人に認められたい」
「老いずに若々しくいたい」
と願っても、自分ではどうにもなりません。
「こういう自分になりたい!」
と理想を持ったところで、理想通りにはいかないのです。
つまり、
現実をコントロールすることは、本質的には不可能なのです。
願いは叶わないのが当たり前。
だから、願いを持てば、必ず苦しみ・ストレスが生じるということです。
仏教では、このことを、
「一切行苦」
(一切皆苦と誤って広まっています)
と言います。
苦しみ・生きづらさは無くすことができる
でも、苦しみ・生きづらさは、無くすことができます。
願い・期待の方を手ばなして、
現実をあるがまま受け止める
こうすれば、苦しみは消滅します。
例えば、
「こんな自分はダメだ!」
と自己肯定感が低くて、いつも自信が無い方は、
「こんな自分でありたい!」
という、高い理想・願望・期待を抱いています。
理想・願望・期待が強すぎて、
現実の自分とのギャップに苦しんでいる、ということですね。
ですから、
等身大の自分、現実の自分を、あるがまま認められれば、
苦しみは解消します。
でも、
「できない自分をほったらかしにして、努力しなくて良い」
ということでは、ありませんよ。
まず、等身大の自分・現実の自分を受け入れる。
そうすると、心は落ち着き、
自分が成長する為に何をすべきかを、冷静に、現実的に考え、実行することができます。
こうして適切な対応を図ることで、自信もついていきます。
また、多くの方は、
不安や悲しさ、怒りといったネガティブ感情が生じることは
「おかしい」ことだと感じていますよね。
ネガティブ感情が出ることを恐れ、
出てしまったら、何としてでも、その感情をねじ伏せようと躍起になります。
これも現実否定です。
苦しみであり、ストレスです。
どんなに
「ネガティブ感情が出ないように」
と努力しても、絶対に生じます。
仏教で言えば、究極の悟り(涅槃)に至らない限り、
ネガティブ感情が出ない人など、いないからです。
ネガティブ感情は、誰でも当たり前に生じるものですから、
「ああ、今、不安が生じたなあ。
怒りが出たなあ」
と現実を受けとめると、
苦しみは、感情と共に消えて無くなります。
これが、
あるがまま、現実を受け入れる
ということです。
悩んでいる方・苦しんでいる方・ストレスを抱えている方は、
必ず、現実と相反する
「期待・願望・欲求・理想」
を持っています。
これらの期待・願望のことを、
仏教では「欲」とか「煩悩」と呼び、
「欲・煩悩を手ばなすと、執着しないと、心は楽なるよー」
と教えてくれています。
「期待・願望・理想・期待を持ってはいけない!」
ということではありませんよ。
そういった欲を抱いたら、
「あ~欲が出たなあ。
現実と欲があっていないから、苦しみが生じるんだなあ~」
と、あるがまま観察すれば良いだけなのです。
こうすれば、心は落ち着き、欲も手放しやすくなります。
苦しみとは、欲に固執・執着した状態とも言えますね。
心の奥底・本心には、なかなか気づけない
でも、この「期待・願望・欲求・理想」に、
気が付かないでハマりこみ、苦しんでいる方が、大半です。
例えば、恋人や友人と待ち合わせをしていて、相手が遅れてきたとします。
表面的には
「なんで約束を守れないんだろう。失礼だな。いっつも遅れるんだよな~」
なんて、怒りの感情を感じたりしますね。
でも本心は、
「早く会いたいよ~。
寂しいよ~。
私との待ち合わせ、いつも遅れるのは、軽んじられているのかな。
悲しいなあ」
といったように、
「早く会いたい!」
という、強い願望が心の奥底にあるわけです。
その願望が叶わないから、
「寂しさ・悲しさ」という感情が生じて、
苦しみ・ストレスを感じているのですが、
この
心の奥底にある本心(欲)
に、私たちは、なかなか気づけません。
「会いたい」や「寂しさ・悲しさ」に気づく変わりに、
「なんで遅れてくるの!」
なんて相手に怒りをぶつけて、関係が悪化したりします。
お聞きになったことがあると思いますが
この心の奥底の気持ちは、
「無意識(潜在意識)」
と呼ばれるもので、普段、自覚化できていないからです。
ちまみに、この無意識(潜在意識)は、
意識の中の99%以上
を占めると言われていますから、
何も心の訓練をしていないと、本心に気づくのは、非常に困難なことなのです。
「何かモヤモヤする」ことありませんか?
皆さん、よくこんなことをおっしゃいます。
「何だかよく分からないけれど、気持ちがモヤモヤする」
これも、無意識の気持ちがわかっていない時です。
無意識の気持ちに気づききれず、でも不快感だけは感じる、という状態ですね。
例えば、人から何か物をもらったとします。
表面的には、
「親切な人だな、ありがたいな」
と思ったりする。
でも、何だか気持ちがスッキリしない、モヤモヤする。
その方の無意識の気持ちは、こんな感じかもしれません。
「こんなの全然欲しくないよ!
私の要望も聞かないで、一方的に物をくれるなんて、押しつけがましいな。
恩を売って、後でなにか見返りでも求めているのかな」
こんな風に、物をもらう事が重荷に感じているかもしれません。
一方で、
「いや、そんなうがった見方をしてはダメだ。
相手を悪く思うなんて、人間として間違っている。
きっと相手は親切でしてくれているんだ。
感謝しないといけないんだ!」
と、無理矢理、自分の心をねじ伏せようとしているかもしれません。
こういった例は、カウンセリングでよくお聞きするパターンです。
こんな感じで自分の心を捻じ曲げれば、苦しさを感じて当然です。
一方で、無意識の心だから、本人はよくわかなくて、
「何だかモヤモヤする。。。。」
となる訳です。
でも、無意識、心の奥底の気持ちに気づきさえすれば、苦しみは消えていきます。
「本当は、私、嫌な気持ちだったんだなあ。
嫌だと思う気持ちを優先して、断って良かったんだなあ」
と素直に自分の気持ちを認めれば、それでスッキリするのです。
ただし、今までの話は、悩み・苦しみをかなり単純にして分かりやすく説明したものです。
私たちが普段感じている生きづらさは、もう少し複雑です。
人生を大きく左右するほど強い欲
ここまで、
「苦しみとは、自分の欲と現実が合っていない状態」
そして、
「自分が何を強く欲しているのかは、意外と自分では気づけない」
というお話をしてきました。
そして私たちは、人生を大きく左右するほどの強い欲を抱いています。
そのうちの1つとして、繰り返し見えてきたものがあります。
それは、
「人から愛される、価値のある自分でいたい」
という、とても強い欲です。
そして、その欲は、
「人から愛されない価値のない自分は、存在してはいけない」
という、存在条件にまで発展し、人生を揺るがす強い強い思い込みになります。
ここから、心はさらに複雑に動きます。
通常私たちは、悩んでいるときや、うまくいかないとき、人から心配されたり、気遣ってもらったりすることがあります。
そうした時、
「気にかけてもらえる自分は愛されている、価値がある」
という感覚が、知らないうちに心の中に作られていくのです。
すると、
・悩みをなくしたい
・幸せになりたい
・できるようになりたい
と思っていても、その一方で、
悩みや苦しみがなくなることに、心が抵抗することがあります。
これが無意識の心の動きです。
・愛されない価値のない自分は存在してはいけない
↓
・悩んだり苦しんでいる時に優しくしてもらえる
↓
・気遣われた。愛された。自分は価値がある。存在して良い
↓
・悩みや苦しみを手ばなしたくない
本人は、この心の動きに気づきません。
セッションを受けている方でも、早くても数回は受けなければ、自分の無意識に気づくことができない程です。
だからこそ、
・変わりたいのに、なぜか変われない
・同じことで何度も悩んでしまう
・何をやっても上手く行かない
ということが起こるのです。
もちろん「価値ある自分でいたい」は、苦しみの1例に過ぎません。
ただ、多くの方が共通して抱いているため、例として挙げました。
セッションでは、このような無意識の心の動きをひも解いていきます。
以上、
・苦しみと何か
・なぜ同じ苦しみを繰り返してしまうのか
・どうすれば苦しみを無くせるのか
という解説をさせて頂きました。
セッションでは、仏教の智慧や心理学の手法も活用しながら、
あなた自身がまだ気づいていない、
無意識の心の動きや、苦しみが生まれる仕組みをひも解くとき、
あなた自身が苦しみと向き合い、心が解放される方向へ進めるよう
導きます。