皆さん、仏教って何を説いているか知っていますか?
もともと仏教は、ブッダの教えをもとに成立したものです。
では、ブッダが伝えたことは何かと言えば、集約すると、たった2つしかありません。
① 苦しみとは何か
② その苦しみから、どうすれば解放されるのか
この2つだけです。
この2つを、様々な言い方で膨大に語っているのが、仏教です。
仏教では「苦しみとは何か」を、その時々によって表現を少し変えることがありますが、
今回は、その中でも最も分かりやすい表現でお伝えします。
苦しみとは、
「不快な感覚を感じること」
です。
この不快な感覚には二種類あります。
一つは、肉体的な不快。
もう一つは、心の不快です。
肉体的な不快は分かりやすいですよね。
暑い・寒い・痛い・疲れ・痒み・臭い・うるさい etc.
このように、病気でなくても、私たちは日常生活の中で瞬間瞬間、肉体的な不快を感じています。
では、もう一つの、心の不快とは何でしょう?
一般的には、
ネガティブな感情を感じること
です。
私たちは、
悲しみ・怒り・不安・恐怖・嫉妬などのネガティブな感情、
いわゆる、不快な感覚を日常的に感じています。
肉体的な不快と心の不快。
この二つの不快な感覚を感じた時、私たちは
「苦しい」
と表現します。
そして、今感じている快い感覚も、そのままずっと続くわけではありません。
例えば、
「ああ、気持ちいいな」
と横になっていても、そのまま同じ姿勢を続けていると、やがて身体が痛くなり、
「寝ているのもつらい」
と思って起き上がります。
心も同じです。
楽しい気持ちになっても、そのうち、その気持ちは消えてしまいます。
このように、快感が消えてしまうことも苦しみです。
快を追いかけ、不快から逃げ惑う
私たちは、快楽が好きで、それを追い求めます。
そして、不快な感覚が嫌だから、そこから逃げようとします。
このように、快を追い求め、不快から逃げようとしているのは、人間だけではありません。
すべての生命が、同じことをしているのです。
身体の例で考えると、とても分かりやすいでしょう。
椅子に座っていると、お尻が痛くなります。
だから立ち上がります。
立ち上がると、
「ああ、気持ちいい」
という快楽が生まれます。
ところが、立ち続けていれば、今度は疲れて苦を感じてしまいます。
すると、また座りたくなります。
このように、生命は皆、
・不快から逃げる
・快楽を追い求める
そして、
不快なものは嫌い
快いものは好き
になります。
つまり私たちは、24時間365日、
快・不快、好き・嫌いに振り回されながら生きています。
これが、私たちの苦しみです。
仏教では、この苦しみについて、
「四苦八苦」
「一切行苦」
など、さまざまな言葉で表現しています。
では、なぜ私たちは、
これほどまでに快・不快に振り回され、苦しむのでしょうか?
次回は、その仕組みについてお話しします。