なぜ心を観察するのか⑤「苦しみの輪廻」

 

私たちが24時間365日やっていることは、まさにこれです。

 

①まず、感覚を感じます。

それは身体の感覚か、心の感覚か、そのどちらかです。

 

快・不快・どちらでもない、という三つがありますが、

ここでは「どちらでもない」は省略します。

基本的には、快感か不快感を感じます。

 

②すると、欲が生じます。

快感を感じれば、「もっと欲しい」。

不快感を感じれば、「逃げたい」。

 

③そして、その欲に従って何らかの行動を起こします。

すると、その行動によって、また新しい感覚が生じます。

 

 

つまり、下記の繰り返しです。

 

 

 

例えば、さきほどの食わず嫌いの人の例で考えてみましょう。

 

 

「美味しい」(快)

↓

この美味しさをもっと味わいたい(欲)

↓

・食べられれば快

・食べることができないと不快

↓

・美味しかった、また食べたい

・残念、やっぱり食べたい、何とか手に入れたい

「その為には働いてお金を稼がないと」という新たな欲

↓

働いたら、職場の人間関係がうまくいかなかった

悲しみや失望(不快)

↓

「この人間関係から逃れたい。」

「もっと人間関係の良い職場へ転職したい。」

という欲

↓

ところが、転職活動をしても不採用

失望や、否定された悲しみ(不快)

↓

「この不快さを味わいたくない。」

「仕事を探すのはやめて家にいよう。」

という欲

↓

結果として、ニートになったが、

こんな自分ではダメだと言う自己否定(不快)

↓

 

 

もう1つ、例を挙げます

 

人から無視された。「悲しい」(不快)

↓

「無視されたくない。」

「人に合わせよう。」

という欲

↓

その結果、自分の意見を押し殺す(不快)

↓

「無視される悲しみも嫌だ。」

「自分を押し殺す苦しさも嫌だ。」

「そうか、人と関わるから苦しいんだ。」

「じゃあ、人から離れよう。」

という欲。

↓

孤独感や寂しさ(不快)

↓

不快さから逃れるために、

「何か趣味にのめり込もう。」

という欲

↓

趣味に没頭すると、「楽しい」(快楽)

↓

「この楽しさをもっと味わいたい。」

と時間やお金を趣味に注ぎ込む(欲)

↓

飽きた(不快)

無理をして体を壊したり、お金がなくなって不安や悲しみ(不快)

↓

「もっとお金のかからない別の趣味を見つけよう。」

「体を壊さない趣味を探そう。」

という欲

↓

 

 

 

心だけではく、身体も同様です。

 

椅子に座る・楽(快)

↓

そのうちお尻が痛くなる(不快)

↓

「この痛みを感じたくない。」

という欲

↓

体を動かす(楽)

↓

でも、しばらく動いていると疲れる(不快)

↓

「横になって休みたい。」

という欲

↓

横になる・楽(快)

↓

そのうち仰向けの姿勢が苦しくなる

↓

「寝返りを打ちたい」

という欲

↓

寝返りを打つと楽(快)

↓

でも、またその姿勢も疲れる(不快)

↓

「起き上がりたい。」

という欲

↓

起き上がると今度は疲れる(不快)

↓

「座りたい」

という欲

↓

座り続けて、お尻が痛くなる(不快)

↓

また体を動かしたくなる(欲)

↓

 

 

 

このように私たちは、

快を求め、

不快から逃げ、

新たな欲を生み、

その欲によってまた新たな感覚を生み続けています。

 

「感覚 ⇒ 欲 ⇒ 感覚 ⇒ 欲 ⇒」

というループを、24時間365日、繰り返している訳です。

 

仏教では、このループを

「輪廻(りんね)」と呼びます。

 

輪廻とは、回転するという意味です。

つまり、

 

・感覚と欲のループが回転し続けている状態

・苦しみが生み出され続ける状態

 

これが輪廻です。