生きづらさ改善カウンセラー(じゅん)

まずは、簡単に、私のプロフィールをご紹介させて頂きますね。

  • アダルトチルドレン、発達障害、パーソナリティ障害の問題を抱えた、メンタルが不安定な家族の中で育つ
  • すぐ激怒する母にビクビクし、父に暴言を吐かれて自己肯定感が低下した小学生時代
  • 10歳の時、クラスメートに仲間外れにされたことをきっかけに、対人恐怖症を発症。その後、カウンセリングを受けるまで20年苦しむことに
  • 兄の暴力に絶望した中学生時代
  • 20歳の時、医療ミスで身体がボロボロに。20年以上たった現在も、体調不良に苦しむ
  • 25歳の時、失恋がきっかけでウツを発症し、何年も自殺願望に悩まされる
  • カウンセリングに出会って人生が一変!
    対人恐怖やウツが改善し、明るい人生を歩めるように
  • 自分と同じように苦しむ人を支えるカウンセラーに
  • 最新の脳科学を活用した、「最短・最速の生きづらさ改善プログラム」を開発!

 

詳しいプロフィールは、以下でご紹介しています。

カウンセリングは、カウンセラーとクライアントさんの相性がとても大切になってきます。

カウンセリングをご希望の方は、ぜひ、詳しいプロフィールをお読み頂き、私の人となりや、カウンセリングにかける想いを知って頂けたらと思います。

どうぞ、お時間を作ってお読みください。

 

※初めに、動画でご挨拶させて頂きます。

 

メンタルが不安定な家族の中で育つ

両親・姉・兄の5人家族の末っ子として生まれました。

大人になって心理学を学ぶようになって、親はダルトチルドレンであり、
また家族みんなが、発達障害パーソナリティ障害を患っている可能性に気がつきます。

そんな、メンタルが不安定な家族達の中で、育ちました。

 

 

兄のいじめに泣かされた幼少時代

幼少期は、兄のいじめによく泣かされました。

兄は、「弱い者をいじめることに快感を覚える」という、やっかいな性格の持ち主です。

恐らく、パーソナリティ障害だと思われます。

学校でも気の弱い同級生をいじめて問題になっていたようですが、兄の1番のターゲットは、妹である私でした。

物心ついた頃には、既にいじめられ続けていました。
私は、いつも屈辱感を抱えて育ちます。

 

父の虐待を目撃した5歳の記憶

5歳くらいの頃、父が兄を虐待している現場に遭遇します。

何があったかわかりませんが、父が兄をロープでグルグル巻きに縛って台所の床に転がしたのです。

兄は「おしっこがしたい」と訴えましたが、父はロープを解くことなく、空き瓶を兄の股間にあて、グルグル巻きの状態で用を足させていました。

兄が可哀想で、何とか助けたくて、泣きながら父に、兄を助けるよう頼みましたが、父は聞いてくれず、兄を助けることができない無力感を抱きました。

その時の父は、冷酷そうに薄ら笑っていて、その表情にゾッとした怖さを感じたのを覚えています。

 

母の顔色をうかがい、いつもビクビクする

小学生になると、母が鬼のように、激烈に怒るようになりました。

正直、何で怒られているのかもわからず、茫然とすることが多かったです。

とにかく子供にキレまくり、物を投げてくることもありました。

監視も酷く、生活全般をコントロールされるようになります。

母のことがとにかく怖くて、いつも母の顔色をうかがって生活していました。

今でも、人から怒られたり、批判されたり、監視されている感覚は抜けません。

 

 

父に罵倒され、自己肯定感が低下

父は、恐らく、アスペルガー症候群です。

アスペルガー症候群とは、「人の気持ちを察する能力が極めて低い」、「場の空気を読めない」などの特徴がある、発達障害です。

父に悪気はないのですが、思ったことをそのまま口に出し、人を傷つけてしまいます。

しかも、人を傷つけているいることに、本人が気がつかないので、
会社や近所の人とトラブルを起こすことも、しばしばありました。

小学生時代は、そんな父に、

  • 生意気だ
  • ワガママだ
  • 自己中だ
  • どうしようもない
  • バカだ

等々、あらゆる暴言を言われ、怒られるようになります。

自己肯定感が一気に低下し、いつも「自分はダメな人間なのだ」と自分を責めるようになりました。

 

兄のいじめがエスカレートし、身の危険を感じる

小学校5・6年生頃になると、兄のいじめがエスカレートし、何となく、生命の危機すら感じるようになります。

逃げても逃げても、兄は執拗に私を追いかけ、いじめ続けました。

助けてくれる人もなく、逃げ場がない絶望感を抱くようになります。

 

10歳で対人恐怖症に

周囲との違いに敏感になり始めた10歳の頃、何となく周囲の女子と自分が違うことに気がつきます。

また、周囲の女子も私に違和を感じ、次第に女子から疎まれ、仲間外れ的な対応を受けるようになりました。

家族の中で自己肯定感を低下させていた私は、「自分はおかしな人間で、おかしな人間は嫌われる」という思い込みを抱きます。

人から嫌われていると思うと、人が怖くなり、徐々にコミュニケーションが上手く取れなくなっていき、対人恐怖症を発症します。

対人恐怖は、カウンセリングと出会うまで、20年続くことになりました。

 

 

兄のいじめが暴力に発展

中学生になると、兄のいじめは暴力へと変わります。
「敬語を使え、お兄様と呼べ」と要求され、従わないと殴るなど、理不尽な対応を受けます。
よく土下座もさせられました。

私に暴力をふるう時の兄は、5歳の頃に一度だけ見た、冷酷そうに薄ら笑う父と同じ表情をしていました。

兄や暴力に対する恐怖感はとても大きいものでしたが、それ以上に、人間としての尊厳を踏みにじられているような、非常に強い屈辱感を味わいます。

悔しくて悔しくて、憎くて憎くて、気が狂いそうでした。
暴力を受けた後、私は屈辱感で泣きながら、大学ノート一杯に、「殺してやる。殺してやる。殺してやる。」と書きなぐって、ストレスを発散させていました。

「殺してやる」という文字で埋め尽くされたノートは、何冊もたまりました。

 

父が殺されるのではないかと恐怖する

兄は、父に対しても殴りかかるようになり、家庭内暴力が始まりました。
それまでは、問題がある父でも、私にとっては文字通り大黒柱であり、父のもと、何とか生活ができていたのです。

しかし、兄の暴力で、「いつか父が殺されるかもしれない」という恐怖に打ち震えるようになります。

それまで、かろうじて「家族」として成り立っていたものが、一気に根本からガラガラと音を立てて崩れ落ちるような、衝撃的な出来事でした。

父が殺されるかもしれないという恐怖心、もし父が殺されたらこれから自分はどうなってしまうのかという恐怖心は、自分が暴力を受けた時に感じた感情より、はるかに強烈なものでした。

世界が、全てが、崩壊したような感覚で、この時から私は、生きることに漠然と強い不安を感じるようになります。

 

 

 

見捨てられた辛さ

さらに、大人になってから、「なぜ両親は、兄の暴力から私を助けてくれなかったのか」と考えるようにもなります。

  • 兄が私に暴力をふるうのは夜中が多かったので、両親は寝ていて気が付かなかった。
  • 単なる兄妹喧嘩だと認識していた。

こんな風に思い込もうとしましたが、当時の状況から、「私を見捨てた」と考えるのが、一番現実的でした。

「両親が助けてくれなかった。両親は私を見捨てた。」
この想いは、大人になった私を傷つけました。

親に見捨てられたのかもしれないという想いは、大人になっていても、非常に辛いものでした。

 

対人恐怖症が悪化した中学時代

中学生になる頃には、対人恐怖はかなり強まっていました。
緊張のあまりクラスメートとまともに話すことができなくなり、どもったり挙動不審な対応を取るようになります。

クラスメートから見れば、そんな私は、若干、薄気味悪かったことでしょう。
男女問わず、悪口を言われるようになりました。

「暗い、気持ち悪い、何を考えているかわからない、皆があなたを嫌っている etc 」

親切心なのか、「あの人が林さんの悪口を言っているよ」と、わざわざ事細かに教えてくれる人が何人もいたので、直接耳に入らない陰ロも、間接的に知ることができました。

兄の家庭内暴力で家は地獄のように感じ、学校も針のむしろのように辛い場所。

中学時代は、とても苦しい時期で、だからでしょう、記憶も少しぼんやりしています。

 

対人恐怖に慣れながらも、ヘトヘトに疲れる高校時代

対人恐怖は恐らく高校時代が一番強かったのですが、それでも、恐怖心は長く続くと慣れていきます。

また、中学時代、悪口を言われ嫌われ続けたことが教訓となり、恐怖はありながらも、それなりに人と上手く付き合うことができるようになっていきました。

表面上は対人恐怖症のそぶりを見せずに振舞い、でも緊張や恐怖心で毎日ヘトヘトに疲れる、そんな日々が、この時から10年以上続くことになります。

 

20歳で始まった原因不明の体調不良

大学入学と同時に実家を出て一人暮らし。
自分を悩ます家族から解放され、大きな自由を感じます。
生まれて初めて、人生を謳歌しました。

ところが、そんな楽しい生活も長くは続きませんでした。
大学3年になると、原因不明の体調不良が始まります。

めまい、吐き気、頭痛・頭重、倦怠感、身体のこわばりなどで、起き上がることもままならなくなります。
病院で様々な検査をしても原因は不明で対処法がありませんでした。

「こんな身体で将来どうなるのかな?」という不安を感じ始めます。

 

 

元の身体には戻らない可能性が高いと言われて。。。

体調不良の原因が、医療ミスだとわかったのは、2年後のこと。

大学3-4年生の時、病院から処方されてアレルギーの薬を飲んでいたのですが、その時の薬が極めて不適切なものだったことが判明したのです。

就職の為に引っ越し、病院が変わったことがきっかけでした。

新しい病院でそれまで飲んでいた薬を告げたところ、診察していた先生は絶句され、しばらくの沈黙の後、次のようにおっしゃいました。

「この薬は、極めて重い病気・症状の場合に一時的に飲む薬です。
林さんの症状で処方する薬では断じてありません。
こんなに強い薬を2年間も飲み続けたら、身体がボロボロになっているはずで、もう元の身体には戻れない可能性が高いですよ」

あまりの衝撃で頭がボーとなり、「この先生の様子が、『絶句』というものなんだなあ。初めて見たなあ」
と、どうでも良いことを考えていたのを、よく覚えています。

 

体調不良に苦しみ続けた25年

それから25年以上、現在に至るまで、体を治すために様々な医学的な勉強をし、健康体に戻そうと頑張りました。

しかし、改善することはなく、良くなったり悪くなったりを繰り返して、現在に至ります。

大学時代から続いためまい、頭痛・頭重などの症状の他、身体中の謎の痛み、体温調節機能の著しい低下、呼吸困難など、様々な症状が加わっていきました。

20~30代にかけて、酷い状態の7年は、外出もままならず半寝たきり

救急車を呼ぼうと思ったことは数十回、このまま苦しさのあまり死ぬのではないかと思う時もありました。

痛みで泣きながら七転八倒したり、嘔吐が止まらない時など、切なさと絶望感で打ちのめされました。

普通に生活をできている人が羨ましく
「なぜ自分だけ、こんなに苦しい思いをしなければならないのだろう」
と自分の人生を恨みました。

 

この体調で、どうやって生きていったら良いのか・・・

就職してからも一人暮らしだった私は、どんなに具合が悪くても、稼がなければ生活できないし、家事も誰もしてくれません。

でも現実は、トイレも這って行かなければならないほど症状が悪い時期もあって、

「これからの将来、1人でどうやって生きて行ったら良いのか」

度の不安・恐怖に陥いりました。
不安で不安で、怖くて怖くて、心細さで一杯でした。

 

失恋でウツに

そんな体調不良に悩む私に、更なる苦しみが襲いかかります。
25歳の時、6年付き合っていた恋人と破局するのです。

彼は唯一、私が対人恐怖を感じない人でした。

誰といても、緊張と恐怖でヘトヘトになるのに、彼には自然に接することができて、彼と過ごすことが、私の安らぎでした。

そんな心安らぐ彼にどっぷり依存していた私は、別れると1人では生きていけない心境になります。

寂しくて寂しくて耐えられない。

もう、人生が終わってしまったような感覚で、毎日泣き崩れ、朝は起き上がれなくなり、気が狂いそうなほどの絶望感を抱きました。
私はウツになっていました。

 

死にたいのに死ねない苦しさ

体調不良とウツで、すっかり心身が消耗した私は、このあと何年も、生きる希望を失い、自殺願望に苛まれるようになります。

「完全自殺マニュアル」は愛読書でした。

それでも、死ぬときの苦しさを考えると実行に移せません。
生きているのは無理なほど、死ぬ以外考えられないほど、苦しい。
でも死ぬのも怖い。

死にたいのに死ぬこともできないジレンマに陥り、更に絶望感・苦しさは増していきました。

 

姪・甥への虐待

私が社会人になった頃、兄に子供が生まれ、兄は子供達へ虐待を始めました。

怒り、蔑み、罵倒、暴力は日常茶飯事。

保育園児が理不尽に殴られ、「お前が悪いのだ」と教え込まれる。

何とか助けたくても、兄が許さず手出しができません。
児童相談所への通報を考え続けながら、実行に移せない日々。

子供達が可哀想で、助けられないことが申し訳なくて辛くて切なくて、毎晩毎晩泣きました。

姪や甥が小学生、中学生になると、不登校原因不明の体調不良に悩む子も出てきました。

これ以上、子供の為に放置できないと、児童相談所への通報を決意した時、義姉が子供を連れて家を出たことで、虐待は終わります。

子供が苦しむ姿をただ見ているしかなかった、切なくて身を切られるような10数年でした。

 

 

人生とは一体何なのか?

対人恐怖、体調不良、ウツ、自殺願望、姪・甥への兄の虐待。。。

さまざまな苦しみに、私は打ちのめされていました。
どんなにもがき苦しんでも、どこにも出口のないような絶望感

そんな中で、がんじがらめになっていました。

「人生とは一体何なのか?」

考えても考えても、答えが出ない苦しみの中にいました。

私にとって、「生きる」とは、何の希望も感じられない、苦しいだけのものでした。

 

 

カウンセリングに出会って人生一転!

そんな苦しみの中でもがいていた時、知人の紹介でカウンセリングを受けるようになって、人生が一変します。

カウンセリングを受けるごとに、知らない自分と出会い、重荷を下ろし、自分が変わっていくのです。

嫌いだった自分のことも、どんどん好きになっていきました。

家族は問題を抱えていて、そんな家族の影響で自分がアダルトチルドレンになったことも、初めて知ることになります。

カウンセリングが魔法で、カウンセラーが魔法使いのように感じて、とても驚き、感動を覚えました。

ふと気がつくと、対人恐怖、ウツ、自殺願望が改善していました。

 

 

寄り添ってくれたカウンセラー

カウンセリングを受け始めて、内面がドンドン変わり、悩みが小さくなっていっても、加速していく体調悪化を受け入れることは難しいことでした。

そんな私を、カウンセラーがいつも力強く励まして下さいました。

「あなたは、大きなエネルギーを持っている。
絶対に乗り越えられる。
体が苦しくて本当に気の毒だけれど、身体は苦しくても心は安らかにできる。」

カウンセラーが寄り添ってくれたことで、時間はかかりましたが、途中であきらめることなく、体調不良を受け入れられるようになりました。

 

 

自分の人生、これで良かった!

体調不良を受け入れられるようになると、「自分の人生はこれで良かったのだ」と思えるようになりました。

もちろん、今でも強い体調不良に見舞われると、心がめげそうになります。

それでも、
「体調が悪くならなければ、私は心の間題にここまで真摯に向き合うことはなかった」
と思え、自分の身に起こる全てのことは、自分が成長するための必然なのだと受け止められるようになりました。

人生を受け止められた時、心はとても軽くなりました。

常に肉体的不調を抱える私にとっては、生きること、生活することは決して楽なことではありません。

それでも、命を無駄にせず必死で生きてみよう、そう思えるようになったのです。

 

 

家族の仲も良好に

カウンセリングを受ける前は、家族とよくケンカしていたし、怖い兄には近づきたくもありませんでした。

でも、カウンセリングを受けたことで、私の心には余裕が生まれました。

父も母も姉も兄も、みんな苦しみながら、でも必死に生きていることが、わかるようになったのです。

 

気がつくと、そんな家族のことを、受け入れられるようになっていました。

そして、私が家族を受け入れたら、家族も変わりました。

 

特に母は、人が変わったように、穏やかで優しくなりました。

今は、母と、とても仲好しになり、良い関係を築いています。

 

家族を尊重し、良い関係を築けることができるようになったことは、とても嬉しく、幸せなことでした。

 

 

カウンセラーとして、苦しんでいる人の支えになりたい

カウンセリングの素晴らしさを体感すると、心理療法は、自分が一生学ぶものだと思うようになり、

10人以上のカウンセラーから100回以上カウンセリングを受けたり、勉強会に参加して、学びを深めました。

すると、心の問題で苦しんでいるのは自分1人ではなく、多くの人が苦しんでいることを知ることになります。

苦しんでいる人を1人でもなくしたい、支えになりたい、そんな想いを抱くようになり、カウンセラーになりました。

 

 

「最短・最速の生きづらさ改善プログラム」を開発!

私は苦しみの数が多かったので、一定の成果が出るまで、ラクになるまで、何年も時間がかかりました。

ですから、苦しんでいる人には、少しでも早くラクになって頂きたい、そんな想いを持っています。

そこで、短期間でラクになれる方法を探し求めて、様々な勉強をしました。

時には、体調不良をおして海外まで勉強に出かけました。

試行錯誤の結果、最新の脳科学を活用して、最大限、脳を活性化させることで、スピード改善が可能なプログラムを開発することができたのです。

現在は、

最短・最速で生きづらさを改善し、幸せになるカウンセリング

を、皆様にご提供しています。

 

1人でも多くの方に早く元気になって頂きたい、心から願っています。

 

 

あの時、カウンセリングに出会っていなかったら。。。

私は、カウンセリングを受け、心理療法を勉強したことで、多くの苦しみから解放されることができました。

苦しみにもがいていたあの時、

  • もしカウンセリングに出会わなければ。。。
  • もしカウンセラーが支えてくれなかったら。。。

考えただけでもゾッとします。
今も苦しみにのたうち回っていたかもしれませんし、自殺していたかもしれません。

カウンセリングに出会えたことは、人生最大の幸運でした。

私の提供するカウンセリングが、苦しむ皆さんにとって、幸運となりますよう、日々頑張っています。

 

 

 

お読み頂き、ありがとうございました。

今、苦しんでいる方が、
私のプロフィールをお読み頂くことで、
少しでも希望を抱いて頂けたら、嬉しく思います。

 

私の願いは、苦しむ方が、

ラクに・幸せに生きる

という「幸運」を手に入れて頂くことです。

ほんの少しの勇気が、あなたに幸運を運びます。

 

 

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